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December 13, 2004
サマー・アポカリプス
笠井 潔,「サマー・アポカリプス」,東京創元社,1996年.
バイバイ,エンジェルにつづく2作目.
なんというか圧倒的.完敗です.面白すぎ.
現象学的推理法のまとまった説明.
「……与えられた素材は無限に多様な論理的解釈を許すものだ.しかし,ある事実に関する複数の論理的解釈が互いに真実を主張し合う時,そこにはどちらが正
しいのかを判断すべき基準は存在しない.重要なのは,事件を個々の部分や要素に分解した上でその再構成に耽るのではなく,事件をあくまでも現象として,つ
まり意味と意味が絡み合った有機体全体として扱い,そこから全体の支点にあたるものを発見することだ.
(p.187)
「僕はマチルドよりももっと深くマチルド的だった.そこには,確かに観念的なものの逆説があった.正義の観念は,爆弾のように人を殺戮しうる.人類の総殺
戮,世界の総破壊の熱望が,逆に過剰な正義の観念を底深い深淵の闇から呼んだのだ.愛の名辞によって憎悪を正当化し合理化する観念の倒錯,これが悪だ.理
想社会の名において収容所群島を正当化する倒錯,これが悪だ.かつての僕やマチルド経ちに国家権力を与えてみ給え.解放の名において国民の半分を殺戮し尽
くす,どんな宗教的想像力も達しえなかったほどの地獄をさえ平然と創り出すことだろう.
(p.386)
奥泉さんによる解説がまた秀逸.
小説についてのくだりがとくに面白かった.
このへん,舞城さんの物語論ともつながるところがあるんではないかと思った.
しかしながらこれは,言うは易いが為すにはきわめて困難な事業である.何故なら元来小説は主題や思想に格別の関心をもたないからである.小説とはたくさん
の細部からなる一個の構造物であり,小説は細部以外のものを何ひとつ必要としない.だから偉大な思想や深刻な主題といえども,小説空間の内部ではやはりひ
とつの細部であるに過ぎず,ごく些細なエピソードや他愛のない会話と同等の権利しか主張できない.主題性を強引に持ち込み際立たせようとすれば,小説の構
築性そのものを崩壊させてしまう.とはいえ,思想や主題は小説にとって価値がなくとも,人間には大切なものであるから,作家は失敗の危険を冒しても敢えて
主題性にこだわらざるをえない.もう少し言うならば,そうして生じる歪みこそが小説の面白さの根本であり,つまり面白い小説は必ず失敗作であるとさえ言い
うる.
(p.532)
Posted by ysk5 at December 13, 2004 10:50 PM