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September 27, 2004

蹴りたい背中

綿矢りさ,「蹴りたい背中」,河出書房新社,2003年.

五感の表現がおもしろい.
3つ挙げる.

さびしさは鳴る.耳が痛くなるほど高く澄んだ鈴の音で鳴り響いて,胸を締めつけるから,せめて周りには聞こえないように,わたし
はプリントを指で千切る.細長く,細長く.紙を裂く耳障りな音は,孤独の音を消してくれる.気怠げにみせてくれたりもするしね.葉緑体?オオカナダモ?
ハッ.っていうこのスタンス.あなた達は微生物を見てはしゃいでいるみたいですけど(苦笑),わたしはちょっと遠慮しておく,だってもう高校生だし.ま,
あなた達を横目で見ながらプリントでも千切ってますよ,気怠く.っていうこのスタンス.(p.3)

酸っぱい.濃縮100%の汗を嗅がされたかのように,酸っぱい.嫌悪と同時に何ともいえない感覚が襲ってくる.プールの水の,塩
素のにおい.夏,水泳の時間が終わり,熱気むんむんの狭い更衣室でクラスの女子たちと一緒に着替える.周りの生徒に裸を見られないように,筒型の水泳用バ
スタオルを頭だけ出してすっぽりとかぶる.水泳用バスタオルにはタオルを筒状の状態で保てるようなボタンがついている上,ずり落ちないように上の口にゴム
が付いているから,普通のバスタオルを身体に巻いて着替えるよりもずっと,身体を隠せる率があがる.更衣室の高窓から射す陽を浴びながら,わたしは巨大な
てるてる坊主になり,でも周りの女子たちも皆てるてる坊主なので,別に恥ずかしさは感じない.で,濡れた水着はうまく身体をよじりさえすれば,てるてる坊
主のままでもなんとか脱げるけれど,パンツを穿く時にはバスタオルの中を覗きこまないと,パンツの2つの穴に足が通らない.他の女子たちには見えないよう
に,バスタオルのゴムの部分をこそこそと覗きこむと,さっきまで小さな更衣室だったバスタオルの中は,はちきれそうなほどHな覗き小屋に変わる.自分の生
温かい息で湿っていくバスタオルの世界の中で,自分にだけ見えている毛の生えた股の間.オリチャンのつぎはぎ写真を見ていたら,あれを見ている時と同じ,
身体の力が抜けてふやけていくような,いやらしい気持ちが,七色に光る油のように身体の奥に溜まっていった.鉄の味のするフォークを舐めた時のような悪寒
が背中を走っているのに,見つめてしまう.(p.57-58)

ぞくっときた.プールな気分は収まるどころか,触るだけで痛い赤いにきびのように,微熱を持って膨らむ.またオリチャンの声の世界に戻る背中を真上から見下ろしていると,息が熱くなってきた.
この,もの哀しく丸まった,無防備な背中を蹴りたい.痛がるにな川を見たい.いきなり咲いたまっさらな欲望は,閃光のようで,一瞬目が眩んだ.
瞬間,足の裏に,背骨の確かな感触があった.
(p.60)

綿矢りさは,たぶん”思った,考えた”のタイプではなく,”感じた”の人なのだろう.このタイプの本はあまり読んだことがなかったので,新鮮だった.

Posted by ysk5 at September 27, 2004 03:09 PM